大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成8年(ワ)12301号 判決

原告

大林高士こと

大林頌幸

右訴訟代理人弁護士

藤森克美

被告

法の華三法行

右代表者代表役員

福永輝義

右訴訟代理人弁護士

沼野輝彦

主文

一  被告は、原告に対し、四〇万円及びこれに対する平成八年四月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、二二〇万円及びこれに対する平成八年四月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告はジャーナリストであり、被告は昭和六二年三月二六日に設立された宗教法人である。

(二)  原告は、大阪毎日放送(MBS)の番組「宵待5」(以下「本番組」という。)の「大林高士が行く」のコーナーにレギュラーで出演しているものであるが、視聴者から、同番組宛に取り上げて欲しい旨の葉書が届いたことを契機に、ゼロの力学(法の華三法行)の被害実態を本番組で取り上げる意向を固めた。

本番組は、複数のゼロの力学修行参加者への取材を行った後、被告の東京本部に対し右取材結果についての確認取材を要請したところ、被告広報委員会の責任者である岩佐から取材を拒否されたので、文書で右取材結果の内容を確認すべく、岩佐に対し質問状を送付した。

2(一)  しかるところ、平成八年四月一九日午後七時五九分ころ、被告の広報委員会名をもって「警告書」と題した文書(以下「本件書面」という。)が本番組宛にファックスで送付されてきた。

被告広報委員会は、本件書面において、オウム報道について問題を起こしたTBSの系列である大阪毎日放送の取材を受けることは、疑惑を招くので、取材を拒否するとしたうえで、「御社の設定されたレポーターの大林高士氏なる人物につきましては、恐喝の容疑にて警察にて内偵中とか、暴力団との親密な関係があるとか、さらにオウム事件について様々と活躍されたようですが強引な取材をしていたことやオウム真理教の元信者との間にトラブルを起こし東京の雑誌社が取材しているといった、何かと評判のよろしくない人物のように聞いております。」と記載し(原文のまま。右「」部分を以下「本件記載」という。)、もって、公然と事実を摘示して原告の名誉を毀損した。

(二)  本件書面は、本番組スタッフ約三〇名の間で回覧され、さらに制作部長、担当取締役にまで回覧された。

情報の取材・伝達・交換を業務とするマスコミ業界においては、本件書面を閲読した大阪毎日放送のスタッフから本件記載の内容が広く流布するおそれが十分にあり、本件書面のファックス送付には伝播性があったので、名誉毀損の公然性があったということができる。

(三)  本件書面は、発信者の個人名は記載されていないものの、岩佐又は被告の広報委員会所属の職員が作成し、ファックスで送付したものである。

(四)  右のとおり、被告の使用人である岩佐又は他の職員は、被告の職務の執行につき、原告の名誉を毀損し、原告の社会的評価を低下させたものである。

3  原告は、被告の本件書面の右のようなファックス送付によって、次のとおり、損害を受けた。

(一) 慰藉料

原告は、本件書面のファックス送付により、右のとおりその名誉を毀損されたほか、契約先である大阪毎日放送に対して本件記載の事実についての弁明を余儀なくされるなど、精神的苦痛を受けた。

これに対する慰藉料は、二〇〇万円は下らない。

(二) 弁護士費用

原告は、被告に対する本件訴訟を提起するについて、藤森弁護士に対し訴訟を委任し、その弁護士費用として二〇万円の支出が必要である。

4  よって、原告は、被告に対し、民法七一五条一項に基づき、右損害合計二二〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成八年四月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)の事実は認める。同1(二)の事実のうち、視聴者から本番組宛に被告について取り上げて欲しい旨の葉書が届いたことは不知、その余の事実は認める。

2(一)  請求原因2(一)のうち、本件書面の送付によって原告の名誉を毀損したことは争う。同2(二)のうち、本件書面が回覧されたことは不知、その余の事実は争う。同(三)の事実は認める。同(四)の主張は争う。

(二)  被告が本番組のプロデューサーである筧憲明及びディレクターである大城哲也に対し本件書面を発信した理由は、大城哲也が平成八年四月一八日にファックスで行った被告への取材申込みに対して、被告が既に同日付けで拒否する旨を返信したにもかかわらず、翌一九日に被告に無断で「ゼロの力学」大阪支局を強引に取材したからであった。なお、大城哲也は、同月二〇日に被告に無断で富士市の被告総本部を強引に取材した。

(三)  被告の拒否を無視して行われた右取材は、原告が被告を信者から多額の金銭を巻き上げている詐欺的集団であるとの認識をもち、その観点から被告をテレビ番組で取り上げるべく計画したもので、オウム真理教事件に着想を得たのか、被告の教義や組織又は信者像を公正な立場から報道するといったものではなく、あくまでも興味本位で、あたかも被告が社会的に抹殺されるべき邪教であるかのような偏見と先入観を露わにしたものであった。

(四)  また、本件記載は、非断定的な表現によっており、その内容である事実それ自体を通告しようとする趣旨・目的で行われたのではなく、取材を拒否する理由を構成する事実として記載されているのであるから、その目的は正当なものであり、名誉毀損は成立しない。

(五)  仮に、本件書面が原告の名誉を毀損する内容を含んでいたとしても、本件書面の送付には公然性がなく、法益侵害も違法性もない。

本件書面は、筧憲明プロデューサー及び大城哲也ディレクター宛にファックス送付されたものであって、仮に原告の名誉を毀損する内容が含まれていたとしても、性質上、名宛人に到達して目的を終了する事務連絡文書にすぎず、毎日放送という組織内で原告が属する「宵町5」のスタッフ宛に送られたものにすぎないから、名宛人を越えて不特定多数人に伝播する可能性がなく、公然性がなかった。

仮に名宛人が明記されている本件書面が回覧に供されたとしても、それは、発信者たる被告の予見できるものではなかった。名宛人を特定明記して発信した以上、着信後の取扱いは、名宛人が責任をとるべき事柄である。

原告は、情報の取材・伝達・交換を業務とするマスコミ業界の特徴から、同職場では他の職域に比較して特別の伝播性があるというが、本件書面の内容は、マスコミ業界において取り扱う職務の対象となる情報ではなく、原告の職場がマスコミ業界であるという特質とは何ら関係のないものである。マスコミ業界であるがゆえに伝播性があるという原告の主張は、職場の特質や取扱い業務の性質と職場規律の弛緩とを混同するものである。

本件書面が原告主張のとおり本番組スタッフその他の関係者に回覧されたことが事実であったとしても、受信人を特定した文書が他の者に回覧されるなどということは、送信手段が比較的人の目に触れやすいファックスによる送付であることを勘案しても、なお、通常はあり得ない不祥事であって、本件書面の発信者である被告の主観的意図・目的も、本件書面の内容を広く社会に流布しようとするものではなく、故意がなかったばかりではなく、発信人である被告がそのような事態を予見することはできず、被告には過失もなかった。

3  請求原因3の事実のうち、原告が大阪毎日放送に対し弁明を余儀なくされた点は不知。

理由

一  請求原因について

1  請求原因1(一)の事実は当事者間に争いがない。同1(二)の事実のうち、視聴者から本番組宛に被告について取り上げて欲しい旨の葉書が届いたことは甲五及び弁論の全趣旨によって認めることができ、その余の事実は当事者間に争いがない。

同2(一)の事実は甲五及び弁論の全趣旨によって認めることができる。同2(二)の事実のうち、本件書面が本番組スタッフ約三〇名の間で回覧され、さらに制作部長、担当取締役にまで回覧されたこと、情報の取材・伝達・交換を業務とするマスコミ業界においては、本件書面を閲読した大阪毎日放送のスタッフから本件記載の内容が広く流布するおそれが十分にあり、本件書面のファックス送付には伝播性があったことは、甲三及び弁論の全趣旨によって認めることができる。同2(三)は当事者間に争いがない。

2 右判示の事実によれば、本件書面の記載内容及びその送付は、原告の社会的評価を低下させるものであり、このような記載のある本件書面を原告の職場の一つである大阪毎日放送にファックスで送付することは、原告の名誉信用を毀損するものというべきである。

二  被告の主張について

1  被告は、本件書面の作成及び送付は大阪毎日放送の被告への取材を拒否することを目的としており、本件記載はその理由部分を構成するものであることを理由に、原告の名誉信用を毀損するものではないと主張するので、検討するに、確かに、本件記載は甲三によれば、本件書面の中では必ずしも中心的部分ではないとはいえるものの、そうであるからといって、原告について、前記判示のように、恐喝容疑がある、暴力団と親密な関係がある、雑誌社が問題にするような強引な取材を行っているといった事実摘示が名誉毀損に当たらないといえないことは明らかであり、この点に関する被告の主張は採用することができない。

2  被告は、また、本件記載が断定的な表現でないことを理由に、名誉毀損の成立を否定すべきであると主張するが、確かに、甲三によれば、本件記載は「……のように聞いております。」というように形式上は非断定的な表現を用いたものではあるが、原告の恐喝行為、暴力団との親交、強引な取材活動といった事実の存在を本件書面を読んだ者に明らかに印象づけるものであり、右のような非断定的な表現を用いたことによって原告の社会的評価を低下させることを否定することはできない。

3  次に、被告は、本件書面の送付には公然性がなく名誉毀損行為に当たらないか、又は違法性がないと主張するので、これについて判断する。

(一)  侮辱行為が一定の場合に不法行為となり得ることに鑑みれば、名誉毀損的行為について民事上不法行為が成立するための要件として、公然性が常に要求されるものではないというべきである。ただ、名誉毀損を人の社会的評価を下落させることを意味する語として理解する場合には、単に名誉毀損的行為が行為者と相手方の間でのみされて第三者の認識に達しないときには、その対象の社会的評価が下落することはないから、名誉毀損的行為の公然性を名誉毀損行為の要件と考えるか、名誉毀損行為の違法性の問題と考えるかはともかく、名誉毀損に基づいて不法行為が成立するには、厳密な意味で名誉毀損罪の成立に要求される刑法上の公然性が必要ではないにしても、名誉毀損的行為の第三者への流布、伝播の可能性が必要であり、その意味では公然性が必要であるというべきである。

(二)  しかし、原告の所属するような大きな組織の職場に設置されたファックス機に対しファックス文書を送付したときは、たとえ当該文書に名宛人が記載されていても、不特定又は多数の者の認識し得る状態におかれるのであるから、極めて限定された者の眼にのみ触れることについては、例えば封書による送付の場合に見られるような秘密性は期待し得ず、その公然性を否定することはできないから、いわゆる伝播性があるといわざるを得ず、公然性に欠けるところはない。のみならず、封書による送付であったとしても、本件書面は、個人宛の私信でなく、当該組織の業務に関するものであることは、その内容上一読して明らかであり、受信者がこれを他言しないことを期待し得るものでないこともまた明らかである。

したがって、本件書面のファックス送付に公然性がないことを前提にして、名誉毀損行為に当たらない又は違法性がないとする被告の主張は採用することができない。

4  さらに、被告は、仮に本件書面が本番組スタッフその他の関係者に回覧されたことが事実であったとしても、受信人を特定した文書が他の者に回覧されるなどということは発信人である被告の予見し得るところではなく、被告には過失がなかったと主張するが、原告の所属するような職場に対し、その職場の業務に関する内容の書面をファックスによって送付することによって、その文書内容が不特定又は多数人の知り得るところになることは当然のことであって、ファックスを送付した岩佐又は被告広報委員会所属の職員には名誉毀損について少なくとも過失があるということができる。

5  その他、被告は、本件書面の内容及び送付について名誉毀損の不成立を縷々主張するが、いずれも失当であって、被告のした本件書面の内容及び送付が原告の名誉を毀損したものといわざるを得ない。

三  原告の損害について

そこで、原告の損害額について判断するに、本件書面の内容、送付の方法、原告の職業など、本件に現れた一切の事情を総合考慮すると、原告の精神的損害を慰藉するための金額としては三〇万円が相当であり、原告が本件訴訟の提起・追行を本件訴訟代理人弁護士に委任して報酬を支払う旨約したことは、弁論の全趣旨によってこれを認めることができ、本件事案の難易、認容額など諸般の事情を考慮すれば、被告の不法行為と相当因果関係があるものとして被告に負担させるべき原告の弁護士費用の額は、一〇万円が相当である。

四  結論

以上によれば、本訴請求は、右損害合計四〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成八年四月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから、棄却することとする。

(裁判官塚原朋一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例